特別展示室では、タイムリーなトピックとして取り上げられた収蔵遺物を紹介しています。
平成12年から平成15年まで発掘調査が行われた八戸市林ノ前遺跡は、平安時代を中心とした集落遺跡です。ここから出土した坩堝や銅製品を、独立行政法人奈良文化財研究所の村上隆主任研究官に分析依頼したところ、坩堝の中から当初予想していた銅合金の他に、金・銀の粒が確認されました。
八戸市林ノ前遺跡は、東北新幹線八戸駅から約1.5km北に位置します。平安時代後半(10世紀後半から11世紀)の集落跡を中心とする遺跡で、標高22mから45mの丘陵斜面地に竪穴住居跡が等高線に沿って検出されました。
その他に多数の土坑や掘立柱建物跡、鍛冶遺構などが見つかっています。また、丘陵頂部を囲むように壕が存在していたことから、東北北部から北海道にかけて特徴的に見られる「防御性集落」と考えられます。
出土遺物では鉄製品、ウマを中心とする獣骨が多量に出土しています。灰釉陶器は瓶(壺)類としては県内初の出土事例です。人骨は隣接する八戸市教育委員会の調査区から出土した分も含め、これまでに10体分確認されていますが、墓に埋葬されたものは1体もありませんでした。
出土した銅製品にも貴重な資料が含まれていました。
今回の分析で鍍銀(とぎん:銀メッキのこと)が施されていたことが判明した銅製刀装具は、表面に竹の節を表現した優品で、全国的に見ても類例が伝世品の1例だけという貴重なものです。
また、銅鋺の1点は厚さ0.2㎜にまで薄く仕上げられたもので、分析の結果、スズを20%前後含む「佐波理」であることが判明しました。
これは正倉院や法隆寺に伝世するものに相当するものです。
林ノ前遺跡から出土した坩堝には、坩堝専用に作られたもの(専用坩堝)と土器の破片等を再利用したもの(転用坩堝)があります。坩堝内には溶解物が付着していますが、その中に緑青(銅の錆)と思われる粒が確認されたため分析を依頼しました。
今回6点の坩堝を詳細に分析した結果、1点から金の粒が、4点から銀の粒が確認されました。
古代の東北地方において金・銀の生産に関して明らかになっているのは、岩手県平泉町の奥州藤原氏に関連する12世紀代の遺跡だけでした。今回の発見はそこから約100年遡り、しかも当時の国家の支配地外であった青森県において貴金属の高度な生産技術を持っていたことが判明しました。次の時代に「黄金の文化」と称される奥州平泉文化の発生の問題とも連動する貴重な発見です。
しかし、遺跡周辺で見つかっていない原材料をどこから入手したのか、またどのようなものを作っていたのか等不明な点は数多くあります。これらを解明していくことが今後の課題です。(平成17(2005)年7月5日記者発表)