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蓬田村山田 (4)遺跡
遺跡の概要
山田(4)遺跡は、国道280号線バイパス建設事業に伴い平成18年度から調査を行ってきました。平成18年度は、道路予定路線内において遺跡の有無を確認する試掘調査が行われ、縄文土器などの遺物が発見されたことから、新たな遺跡として登録されました。平成19年度から本発掘調査を行っています。遺跡は、陸奥湾から約1㎞西方の標高13~14.5mの台地上に位置しています。現在は植林されており陸奥湾を望むことができませんが、縄文時代には一望できた場所であったと考えられます。
遺構
丘陵部からは縄文時代の竪穴住居跡と土坑、平安時代の土坑が発見されました。調査区中央に位置している沢では、縄文時代前期(約5,000年前)の土器捨て場、後期以前と思われる木組遺構が発見されました。
遺物
平成20年度の調査では、縄文時代の土器・石器が段ボール箱で約211箱出土しました。土器は、縄文時代前期、中期末~後期前葉、後期後葉の3時期に区分されます。沢からは木製品を含む木質遺物が100点以上、種子も出土しています。木製品は、石斧の柄の未製品・火鑚臼(ひきりうす)[火おこし道具]や、板材・杭などが木組遺構の内部底面付近から出土しています。このほか、縄文時代後期前葉の層からトチノキの種皮片が多量に出土しています。
木組遺構
沢から発見された木組遺構は、現時点では発見時の状況から縄文時代後期以前に構築・使用されていたと考えていますが、帰属時期の確定には今後検討が必要です。木組遺構は、沢底面の長さ5m×幅3mの長方形範囲を1m深く掘り込んで作られています。深く掘り込まれた壁面側には、斜面の崩落を防ぐ土留めとして木材が何重にも積み重ねらており、その内側には、長さ2m幅40cm厚さ5cm前後の板材と長さ1~2mの杭を用いた施設が組まれていました。遺構の底面には礫(川原石)が敷き詰められていました。これらの中には石器として使用している石も混在していたことから意図的に敷いた物と考えています。使用時に水の濁りを抑えるためでしょうか?木組遺構の用途としては、トチの実のアク抜き・木材の加工場などいろんな用途が想定されますが、現時点では断言できません。今後、遺構内に堆積していた土などの分析や出土遺物を詳細に観察して、明らかにしたいと考えています。
木組遺構
沢全景 中央に木組遺構があります。[下流側から撮影]
木組遺構底面検出状況[下流側から撮影]
沢作業状況[上流側から撮影]
木組遺構部材取り上げ
沢捨て場 左側が中期、右側が前期の土器[下流側から撮影]
火鑚臼(ひきりうす)
石斧柄未製品
後期の土器・石皿・トチノキ種皮片出土状況