弘前市扇田(2)遺跡
- 調査の概要
平成20年4月23日から8月8日まで、県営下湯口地区畑地帯総合整備事業に先立ち、弘前市大字下湯口扇田に所在する扇田(2)遺跡の発掘調査を実施しました。
遺跡は、西方に岩木山を望む、標高約120m、栩内川右岸の段丘上にあり、遺跡の周囲一帯にはりんご農地が広がっています。
- 主な遺構と遺物
- 縄文時代
調査区内からは、少量の縄文土器片と石器が見つかっています。
また、住居跡は見つかっていませんが、平面形が長方形をなす土壙墓と坑内に板状礫(流紋岩・安山岩)を円形に立てかけた石棺墓が、それぞれ1基見つかっています。
時期を特定できる遺物の出土はみられませんでしたが、県内で検出された遺構の類例から判断して、縄文時代後期ごろのものと推測されます。
- 平安時代
竪穴住居跡27軒、土坑60基、ピット202基、溝跡18条等が見つかりました。調査区が比較的狭小であったにもかかわらず、高い密度で住居跡が検出されました。
竪穴住居跡の特徴としては、南側に幅2mほどの張り出しを有する構造のものが見つかっており、土層の観察から、床面積の拡張に伴うものとみられます。
また、床面に小規模な土坑を構築し、土器を埋設しているものが2軒確認されました。
さらに、調査区に直交して深さ2m以上の濠跡1条が検出されています。
- 近世以降
調査を行った範囲は農地内の道路部分に相当し、敷きならされた採石の中には悪戸焼の陶器や、窯道具(桔梗台、とちん)などが含まれていました。
弘前市下湯口地区は、江戸時代末から大正時代まで(当初扇田に、後に野際、青柳にと)、悪戸焼の窯があったことで知られており、砕石中に検出された陶磁器の多くは、昭和20年代に道路に砕石を敷設した際に付近から集められたものと考えられます。
発掘調査の様子
平安時代の竪穴住居跡
平安時代の竪穴住居跡で見つかった土器と土坑
縄文時代の石棺墓